痛み

                      
激しく痛む側頭部を抱え込むようにして、私は床に転がっていた。恋人の声が聞きたい。そう思ったが、しかし指先からわずか五センチ先にあるスマートフォンまで手を伸ばすのさえ辛かった。どれくらいの間、痛みと格闘していただろうか。そのうち私は疲れ果て、半ば気絶するようにして、いつの間にか眠り込んでいた。
「群発頭痛 症状」
「群発頭痛 原因」
「群発頭痛 対処法」
 検索バーに羅列された候補たちが、ここ一ヶ月の私を物語っている。激しい頭痛に悩まされていた。いや、私を苦しめている頭痛は、「激しい」なんていう生易しい単語では表現しつくせないほど絶望的な痛みだった。世の中には「息をするのもやっと」という言い回しがあが、私の場合には「やっと息をしている」といった方が正しい。痛みがピークに差し掛かったときなど、ひとたび気を抜いたらそのままコロッと逝ってしまいそうな恐怖すら感じさせる。なにより不気味なのが、頭の痛みに反して首から下はすこぶる元気なところだ。あまりの痛みにキャパオーバーした脳が、アドレナリンだかドーパミンだか、なんだかよくわからない物質を過剰に供給でもしているのだろうか。痛みに反比例でもするように軽さを得ていく手足はばたばたと空を引っ掻き回し、気づくと足と頭の位置が逆転しているときすらある。とにかくそんな痛みが毎日、それもほとんど決まった時間に襲ってくるのだから正気の沙汰じゃない。
 これほど酷い頭痛が続いているというのに、私はまだ一度も医者に掛かっていない。自分でも馬鹿げていると思うのだが、インターネットで検索してそれらしい病名を見つけると、なんだか満足してしまうのだ。すくなくとも原因不明の難病や今すぐ命に係わるような大病ではないという事実だけでも、私を安心させるのには十分だった。
 目が覚める一瞬前、私は夢をみていた。明るい部屋で恋人と二人、テーブルをはさんで向かい合うように腰かけている。目の前に置かれた色違いのマグカップからは、あたたかな湯気が立ち上っていた。恋人は柔らかな笑顔を浮かべ、何事か私に話しかけている。けれど、私は彼の言葉をうまく聞き取れないでいた。聞き返そうにも舌がもつれて声を発せない。そのうち恋人は怒りだし、彼が席を立ったところで夢は終わった。
 まだぼんやりと痛む頭を保冷剤で冷やしながら、そういえば結局恋人に通話できないまま寝てしまっていたことを思い出す。スマートフォンの画面で時刻を確認すると、夜中の三時をまわったところだった。恋人がもうとっくに就寝しているであろうことは容易に想像できたが、私は迷うことなく彼に電話をかけた。
「また頭痛くなったの」

 ひどい頭痛がするのだと、つい先日、彼にも相談したばかりだった。
「あら、いやだね」
 彼は欠伸を噛み殺しながら、間延びした声で返事をする。
「毎日痛くなるもんだから、最近は痛いのか痛くないのかも分からなくなってきた」
「それはちょっと面白いね」
 言うほど面白いとも思っていなさそうな調子で、彼が答えた。
 叩き起こしたわりに話題もなく、数分の沈黙の後、画面の向こうから彼の穏やかな寝息が聞こえはじめる。
 これは単なる憶測に過ぎないが、私の恋人はおそらく口で言うほど私のことを好いてはいない。当然といえば当然のことなのかもしれないが、彼はあくまで彼自身のことが好きだし、なにより大事なのだろう。そして私は、恋人とのそんな距離感が好きだった。
 私は、私に興味のない人が好きだ。
 まだ義務教育を受けていたくらいの頃、どうしても仲良くなれない女の子がいた。結論から言えば、彼女は私のことが羨ましかったのだと思う。
私は小学二年生の春、父の転勤で越してきた転校生だった。「転校生」というのは言葉の響き通り特別な存在で、身近な非日常で、つまりはクラスみんなの興味の対象だった。加えて当時の私は学校で一人だけランドセルが横型だったり、アトピーで掻きむしるのを予防するために首にバンダナを捲いていたり、とにかく転校生ということを除いても幼い興味を引くには十分な特徴があった。
彼女はというと、いわゆる優等生だった。勉強も良く出来たし、足も速かったし、身長も高かった。友達も多くて、漫画に出てくる委員長のような子だったように思う。しかし何事にも全力で努力を惜しまない彼女の美学は、私とは相性が悪かった。例えば、彼女はその真面目さゆえにどんな小さなテストに対しても事前準備を怠らなかったが、私は行き当たりばったりで臨むことが多かった。夏休みの自由研究も、授業の調べ学習も、彼女は周到に準備してレベルの高いものをもってくるのに対して、私はいつも指摘されないギリギリのラインで楽をしていた。まるで対極に位置していた私たちだったけれど、成績の面では似たり寄ったりだったのが、なにより彼女の怒りを買った。努力もしない私のようなクラスメイトが、自分より目立っている。彼女が私を嫌うのに、そう時間はかからなかった。
それから高校進学で進路が分かれるまでの何年かの間、彼女からは実にささやかで陰湿な嫌がらせを何度もされた。いじめと呼ぶレベルにも満たない、ただチクチクと小さな棘を刺される程度の攻撃。幼い私はなぜ自分が嫌われてしまったのか理解できず、彼女のご機嫌をとろうと必死になっていた記憶がある。実際には直接彼女と会話をするシーンなんてごく限られたものだったし、大げさに記憶している部分もあるのだろう。けれど間違いなく、私たちはお互いを必要以上に意識しすぎていた。
今にして思えば、彼女には彼女なりの葛藤があったのだろう。ずっと「理不尽な目に合った」とばかり思っていたけれど、最近ではそんな風に考えることも増えた。彼女と一切の関りが無くなってからも、私はなんとなく、彼女の存在を意識しながら生活している。身近な人に嫉妬してしまうときなんかは特に、当時彼女に向けられた鋭い視線を思い出すのだ。
本当はいつまでも幼かった自分たちに支配されているなんてどうかと思うし、そんな私こそが一番、誰よりも他人を意識しながら生きているのだろうとも思うのだが、突き詰めて考えるのはもはや面倒だった。
つまるところ、「自分に興味のない人が好き」というのはただの同族嫌悪だ。

相澤 美沙音

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