遥か

 東京に越してきて、十五回目の冬。温暖化の影響なのか最近では滅多に雪も降らないけれど、父は年々寒がりになっていた。仮にも東北の出身で四十まで雪の多い地域で過ごしていたというのに、人間の体は不思議なものだ。暖冬だと言われるこの冬でさえ、父には堪えがたい寒さのようだった。
 「寒い、寒い」と顔をしかめながら、父がモスグリーンの分厚いダウンに袖を通す。掛け布団みたいにふかふかなそのジャンパーを見ると、毎年思い出す光景があった。
 私がまだ幼かったころ、家族は仙台市内の小さな公団に住んでいた。私たちが住んでいた棟は道路から一段下がったところに立っていて、歩道から緩やかな階段が伸びている。ある年の冬、大雪が降った日に、父がその階段を雪ですっかり覆いつくして大きな滑り台を作ってくれた。そりに乗って階段の上から一気に滑り降りると、厚い雪に埋もれた植木がやわらかく受け止めてくれる。階段の雪がすり減っても修復はいくらでもできたから、私は日が暮れるまで父お手製の滑り台で遊びつづけたのを覚えている。そしてその日も、父はモスグリーンのダウンを着ていた。
 父は物持ちが良い。だからダウンも、昔からずっと同じのを着ている。デザインが古いとか、そういうのは気にならないらしい。父が押し入れの奥からそのダウンを引っ張り出すと、「ああ、今年も冬が来たんだなあ」と、クリスマスツリーを飾るときなんかよりもずっと身に染みて感じるのだった。
「今日、それ着るほど寒いかな」
 すっかり身支度を終えた父に声をかける。例のダウンにニット帽、マフラーまで巻いて、父は元の体系が分からないくらい膨れ上がっていた。でも、たしか今日の最高気温はここまでの防寒を必要とするほど冷え込まないはずだ。
「いいの、寒いから」
父はマフラーで丁寧に首元を埋めながら答える。母はそれを見て苦々しい笑顔を浮かべていた。
「お父さん、最近すっかり寒がりになっちゃって、ねえ?」
 母によると、父の最近の就寝スタイルは上下スウェットを着込んで首にはフリース素材のネックウォーマーを捲き、それでも足りない時には寝るとき用の帽子までかぶって眠るらしい。かつては季節を問わず下着一枚で、ほとんど裸に近いような恰好をして寝ていたというのに。
 登山用品店で買ったブーツを履き、手には中綿入りの大げさな手袋をつけて、父は満足げな表情で家を出た。その後姿がなんだかすごくお爺さんのようで、私は無性に悲しくなる。
「あのダウンも古いし、そろそろ新しいのを買わないとね」
 誰にともなく、母がつぶやいた。小さな頃、雪の滑り台を作ってくれた時は、あんなに頼もしく見えたのに。私が大人になったように、父もまた歳をとったということなのだろう。
 冬、雪が降っている景色が好きだ。けれど今年は、このまま雪が降らなければいいと思った。

相澤 美沙音

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